産地ビジネス、地域ブランディングという言葉が多く飛び交う昨今、久留米というだけですぐに思い起こされるものは久米絣など、地域に根付いた伝統産業ものが多いだろう。しかしマニアックながら、全国トップクラスのブランドとして久留米は”あるジャンル”で有名なのだ。おそらく地元の人は全く知らない世界、しかしきちんとしたマーケットが確立しているそのジャンルとはずばり「虫」、それも男子の憧れの「オオクワガタ」だ。
クワガタと言えば、ミヤマクワガタ、ノコギリクワガタ、コクワガタ、ヒラタクワガタなど様々な種類が日本はいるが、その中で最大、最高峰と呼ばれ、黒いダイヤと言われているのがオオクワガタだ。
オオクワガタはその全長、あごの大きさのみならず、その地域や希少性やブリーダーにより生み出された混血(ブランド)などで付加価値がつく。大きいものには過去には最高で100万円以上の価格がついたこともあり、実質的な取引価格は場合によっては高級車並みになることさえあると言われる。
ではなぜオオクワガタがそこまで特別なのか、それは繁殖に極めて限定された環境を好み、その環境の激減から自然界での個体数は極めて少なくなっていることだ。乱獲や丘陵地の開発や森林伐採などにより野生個体の生息が危ぶまれており、2007年には準絶滅危惧種から絶滅危惧II類へと格上げされた。その為生息地は秘密とされることも多く、自然界で捕獲された個体は「ワイルド」と呼ばれ珍重される。ワイルドの個体では8㎝(80ミリ)程まで育つことはほぼ皆無だが、昨今では大きな個体同士をかけ合わせていき、9㎝(90ミリ)超えの個体も生み出されている。筆者が過去に自然でとらえた最大の個体は星野村での77ミリ、実はこのサイズ、公式にワイルド(野生)の最大として昆虫関連最大の出版社である「むし社」が公認している76.6ミリより大きかったのだ。市場価格は・・・予想もできない金額になりうる可能性があった・・・。
クワガタは幼虫時代のエサの量と質でその大きさが決まり、またオオクワガタは幼虫で最長で3年ほど過ごすことからも、気温や気候、天候など自然環境の変化に大きく左右される。そして成虫になると最長で7年ほども生きることがあるのだ。他のクワガタの多くが、幼虫1年、成虫1年というライフサイクルであることを考えれば、最長で10年にも及ぶライフサイクルはかなり特殊ともいえるだろう。
今現在一般的にはブリーダーが人工交配したものを入手することが多いのにゃんこだが、そんなディープなクワガタマーケットには5大産地というものがある。その中でも久留米血統のオオクワガタというのは最も有名なブランドの一つとなっている。クワガタには産地により体の幅やあごの大きさ、あごの長さや形状に違いが出る。久留米産は体の全長が長いものが多く、あごは比較的スリムなものとなっている。クワガタの世界に足を踏み入れたものであれば、一度は必ず通る、と言われるほどにメジャーなブランドであり、虫界のGUCCI(グッチ)とでも言えばわかりやすいだろう。
久留米血統は筑後川流域のことを指し、ミネラル分豊富な山、土と水に守られた森林があってこそだ。幼虫は朽ちた倒木に寄生したキノコの菌糸を好んで食べるのだが、これも自然が豊かでなければ条件がそろわない。まだまだ自然が豊富だとは言えるが、昨今筆者が把握している範囲でもかなり人の手が入ってしまい、今や久留米産ワイルドは、レア産地となっている。とは言え、筆者が驚いたのは、八女、久留米界隈では街灯の明かりに、なんとオオクワガタが飛んでくることがあるのだ!まさかとは思ったが、一度ならず2度3度と拾ってしまうと、今ではすっかり夏場の夜に街灯を徘徊する”夏の夜の不審者”と化している。
クワガタの価値には大きさや産地の外にも、符節の状態、羽のコンディション、目の色など様々な外観要因も加わる。しかし昨今は近親交配なども進んだことで、外観が不完全の個体もよく見かける。産地での乱獲が進み、個体数が激減したことで、ブリードが一般的にはなったが、そこにも他の犬や猫のブリード同様にブリーダーのモラルというものが求められている。ただ人間の環境破壊に対して、ブリードすることが種の存続にもなっているという皮肉もあるのだ。
だがどうあれ久留米血統はオオクワガタの一つの最上級ブランドであり、この地域名を全国区にしていることは間違いない。子供たちにとって夢のオオクワガタは、大人にとっても子供のころのままの夢とロマンを追い続けることができる、果てしないワンダーワールドなのだ。
H.Moulinette