インフルエンサー「40いいね!」事件について

あれは僕が八女でまだバイトをしていた時の話。
ある日勤め先の代表がこんなことを言い出した。
「今度来る○○さん、ワークショップの料金は無料でいいから」
わざわざ代表が「無料でいい」というからにはさぞかし世話になった人に違いない。
僕は代表に「○○さんって誰なんすか?」と質問した。
すると代表は意気揚々とこう答えた。

「インフルエンサーたい!!」

インフルエンサー?
「インフルエンザ―じゃないとよ?」とオヤジギャグまで言われたが、大丈夫、拙者インフルエンサーであることはしかと受け止めている。
インフルエンサーとはそれすなわち影響を与える人のことである。
どうやら八女市というのはインフルエンサーにあの町この町を歩いてもらい、ワークショップも無料で体験してもらいそれをメディアで発信してもらって観光客を呼ぼうとたくらんでいたのだ。

そして約束の日、八女市に○○さんというインフルエンサーがやって来た。
○○さんとわざわざ伏せ字にしているのは気遣ってからのことではない。ほんとに僕はその人の名前を忘れてしまったのだ。
○○さんはオランダの女の人だった。美人だったと思う(よく覚えてないけど)。
僕の記憶に鮮明なのはインフルエンサーの容姿とかではなく、その仰々しさである。
カメラマンと通訳とアシスタントっぽい人。
カメラマンはSONYのα7の最新モデルに20万円くらいのジンバルをつけて撮影していた。
スタッフである僕らは完全に蚊帳の外で、とにかくワークショップをしている風の写真を撮るためにスタッフというノイズまで排除されて撮影をしていたのだ。
特に八女の伝統工芸にもワークショップにも興味のなさそうなインフルエンサー御一行はさっさと撮影を終えて撤収。僕らバイトはいつものバイト業務に戻った。
後日僕は上司とか代表に「あのインフルエンサーってどうなったんすか?」と訊いてみた。
すると、びっくり。
誰もあのインフルエンサーがどんなメディアを持っているのか知らないのだ。
県庁の人間から「インフルエンサーが行くから」と聞いていただけで、そのインフルエンサーがどんな影響力を持っているのか何も知らなかった。
それどころか、そのインフルエンサーにどんなことを発信して欲しいか計画もなかった。
ただ「八女の町は素敵なところだ。そこにインフルエンサーが来れば素敵に切り取ってInstagramに上げてくれるだろう。そうなれば観光客も増え、財政難だった八女にも転機が訪れる」と思っていたのだ。
そこでインフルエンサーの○○さんのInstagramアカウントを検索して覗いてみた。投稿一覧の中には確かに見慣れた八女の景色が。
八女の写真をタッチしてみて「いいね」の数を見てみる。

いいね!の数、40。

マジっすか。
インフルエンサーなのに40なんすか。
あのSONY α7に20万円のジンバルつけて撮った写真がいいね40なんすか。
それはインフルエンサーに力がないのか八女に魅力がないのかどっちなのさ。

また、別の日にこんなこともあった。
これまた県の人間が連れてきたよくわからない人。
中国の実業家らしい。
日本の文化に興味があって、歴史ある八女に視察に来ているのだとか。
「ワークショップの参加費は無料で」
いつものようにそう言われる。
まるで常連だからラーメン替え玉無料にしといて、みたいに気軽に言うが、ワークショップをするためには人件費材料費もかかっているのだ。
中国の実業家はジャケットを着て颯爽と歩いていた。
「はー、やっぱおしゃれかねー」
「高級車に乗ってるんでしょうね」
などと呟く八女人達
恥ずかしい。恥ずかしすぎるよ、マジで。
一通り八女の視察を終えた中国の実業家はこんなことを言った。
「来月から、毎月200人ずつ観光客を連れてきますね」
これに浮かれに浮かれまくった八女人、と福岡県庁。
「毎月200人かー!200人回すキャパあるかなーーー」
「もうバスがひっきりなしで来ますね」
「爆買いの人達だから、八女の伝統工芸品もたくさん作らないと!!」

中国の実業家がそんな約束をしたのが2018年の年末。
この記事を書いているのが2019年の年末。
未だ八女は観光客が増えていない。

最近僕はNetflixでFYREというドキュメンタリー映画を見た。
インフルエンサーに踊らされる世間。
八女の場合はFYREと違って結局人すら来なかったが、引っ掻き回されたという点では似ているところも多い。
観光課の人間などは自分の任期中にそれっぽい結果を残さないといけないからインフルエンサーとかブロガーとかインスタグラマーとかその時の流行をちょちょいと連れてくることが多い。
引っ掻き回したのは確かに外部のインフルエンサーだが、地方を潰すサイクルを生み出しているのはその地方の人間なのだ。

K.Takeshita

筑後市の謎ポエムが早朝のスタバで読むのに丁度いい件

インスタグラムというツールを私が最初に触ったのは9年ぐらい前だったろうか。
ツールと表現したが、そう、インスタグラムは最初はツールだった。
なんか写真をレトロ風(しかも完成度が高い)に加工してくれるアプリがあるでー(まあ、登録が必要だけどな)という扱いだった。
それが今はインスタグラムはSNSだ。
若い子が使っていたかと思えばおっさんやおばさんも使うようになり、企業や団体も使うようになった。
インスタグラムが普及し始めた当初、ナショナルジオグラフィックで「インスタグラムは写真なのか?」という議論を扱っていたが、それはもうはるか昔の話で、インスタグラムが写真かどうか本気で議論する人間は今はいない時代になってしまった。

福岡県南部に位置する筑後市もインスタグラムアカウントを持っている。
アカウント名は「恋のくに筑後市インスタっ隊」である。
もう田舎臭いネーミングセンスが漂っている。
地方の草野球チームの応援団みたいなネーミングである。
隊員は試合の後、缶詰居酒屋で打ち上げしてそうな雰囲気だ。

私は付き合いもありこのアカウントをフォローしてみた。
どこかのタイミングでフォロー外してもいいかもと思っていたが、このアカウントがなかなかおもしろい投稿をするのだ。
よくある広告会社を真似したけど足元にも及んでない地方の投稿とは一線を画す。
どこどこで花が咲いたとかどこどこの店の食べ物が美味しいとかそういう地元目線のコアな情報が投稿される。
この筑後市のアカウント、投稿される情報が魅力的なのは当たり前として、さらに魅力的な、いや魅力がある。
それが、謎ポエムである!!

例えば

まだ新し目のカフェで一息。向かいに座る相手がいたらな。

とか

都会っぽさもあれば、田舎っぽさもある筑後市。フワフワ、あなたのもとへ飛んでいきたい♪

とかである。
まるで高校生活にうまく溶け込めない文学系の美少女とか世界の命運を一人で背負うことになった世界系ラノベのヒロインが書いたような文章だ。
これからは早朝のスタバで村上春樹を読むのはダサい。
読むべきはこの「恋のくに筑後市インスタっ隊」のポエムである。

昨日のお昼はあさひや。
*
私は単品で、彼はセット。
*
餃子いいなぁっておねだり
*
一つもらえた(*^^*)
*
*
*
*

なんてことはないラーメン屋での一場面。
「私は単品で、彼はセット。」の下りがなにか意味深げに聞こえてしまう。

筑後ビレッジに週2回くらい来てくれる可愛い移動カフェ『ハナウタカフェ』。
「寒いね」って2人で言いながら、あったかコーヒー飲んじゃお♪

なんだこの「寒いね」って言い合える相手とハナウタカフェに行きたくなる感じはっ!
ここで登場するハナウタカフェとは筑後地域を中心にコーヒーやソーダなどを販売している移動式のカフェだ。

バレンタイン前にひいたピンク色の恋みくじは大吉♪
背中を押されて告白した昨日、結果はヒミツね!(*´艸`)

ちょいちょいちょーい!!
なーに一人でうるおい手に入れちゃってんのよ―!!と茶化したくなる投稿だ。
見てるこっちまで乙女になってくる不思議文章。

「今日はジャングルに行こうよ」
「いいね♪俺、黒のドラキュラにしようかな」
そんな予定を話して朝からウキウキ。

ここでジャングルと黒のドラキュラが登場。
まるで異世界転生もののような単語の羅列だが、これは筑後市にあるジャングルスープカレー屋の黒のドラキュラというメニューについて語っている。
このジャングルスープカレーは堀江貴文氏のホリエモン万博にも出店した。

雨の音を
聞きながら
紅茶を
八女茶を
鉱泉焼で
いただきながら
ゆっくりとした
幸せな
時間を
楽しみながら
過ごせる場所。

まるで雨音のような文章。
「紅茶を 八女茶を」とお茶を二つ登場させることで登場人物が二人であることを匂わす巧みな技術。

『恋してる?』マスターが聞いた。
『……してますよっ』
『じゃあ、君にはこのキッシュを。』
『…恋が叶いそうですね』

くぅーーーーーーーーーう!
こんなマスターほんとに世の中にいるのかい。
思わず川平慈英になってしまった。

嫌いになろうとした。
失敗した。
やっぱり大好きだった。
このままで
良いですか。

これはピザ屋を紹介する投稿。
もはやピザ屋関係ない。
ピザ出てこない。

くーっ!
無性にラーメンが食べたいよぅ!
そんな時、
はいはい、白龍軒ね
って分かってくれる、
付き合ってくれる、
あなたで、
良かった。

くぅーーーーーーーーーう!(本日2回目)
いやいや、やっぱりこのインスタアカウント技術が巧い。
なんせ平仮名が多い文章の中「白龍軒」という漢字を引き立たせることに成功している。
ちなみにこういったポエムは早朝の5時に投稿されている。
あさっぱらの5時にこんな文章を投稿するのは「耳をすませば」の雫のような頑張り屋さんに違いないっっ!!

出逢って
数年経つけど
まだ
あなたの笑顔に見惚れてしまうし
まだ
あなたの声にドキドキしてしまうのよ。
また
いつものウッディで
ご飯を食べながら。

なんだこの卒業式間近の少女の心みたいな文章は。
しかもウッディの破壊力やばい。
ウッディってトイ・ストーリーですか!?
それともひぐらしのなく頃にですか!!??
それとも彼氏の名前がウッディさんなんですかーーーー!!!???
※筑後市のカフェレストランの名前です。

ありがとう
さよなら。
遠くに旅立っても、
『さざなみ』で
みんなでモツ鍋食べた
あの時間のことは
きっと忘れない。

エヴァンゲリオンの最終回を連想させる始まり。
「旅立ち」と「さざなみ」という単語からはリチャード・カーティス監督の「アバウト・タイム」という映画で主人公が父と一緒に浜辺を歩いているシーンが自然と浮かぶ。
「あのイーハトーヴォのすきとおった風…」のような髪と頬を優しく撫でるこの文章にいきなり「モツ鍋」という単語が登場する!
この破壊力はヤバい!!
美少女アイドル声優が「好きな食べ物はモツ鍋です」と言うくらいインパクトがある。
だけど、なに、このモツ鍋が食べたくなる投稿は(トクン)

とまあこんな感じでポエムが投稿されているのだ。
調べたところこのアカウントが始まってしばらくはポエムが投稿されていなかった。
どうやら2017年4月頃からポエムが始まっている。
ということは、2017年4月から筑後市観光協会に新海誠的美少女が就職したのだと思われる。
そんな筑後市観光協会は筑後市の観光のことで困ったら親身に応えてくれる団体なので、ぜひ困ったことがあれば下記の公式ホームページよりお問合せ願いたい。

一般社団法人筑後市観光協会
恋のくに筑後市インスタっ隊( @koinokuni_chikugo_instattai )

K.Takeshita